03-3648-3622
東京都江東区東砂2丁目11-27[地図]
2020.09.27
カテゴリー:医療
当院は肛門科も診療しておりますので、たまに肛門に「異物」が入ってしまったという患者さんを見ることがあります。(以前に勤務していた病院ではもっと頻繁にありました。)異物が入ってくるのは口から、もしくはお尻から。口から入ったものは魚の骨などの比較的小さいもの、お尻から入ったものは結構大きいものが多いです。口から入ったものについては「なんだかお尻がちくちくして痛い」といった主訴が多く、原因もよくわからないことも多いのですが、多くの場合は小さいもので、お酒を飲んだ時に一緒に飲み込んでしまったりすることが多いようです。(「そう言えば数日前に鯛を食べた…」などの証言が得られることもあります。)中年以上の男性が多い印象です。一方、お尻から入った方は当然ながらお尻に「~~」が入ってしまったとして来院されます。こちらも患者さんは中年以降の男性に多い印象で(もちろん、若い男性や女性もいます)、入ってしまった「異物」も「マッサージ器」や「おもちゃ」状のものから何かのびんまで様々ですが、これらの方に共通する特徴として、入ってしまった原因については患者さんからあまり納得のいく説明を得られたことがないという点が挙げられます。肛門異物の原因は、教科書的には肛門瘙痒症(あまりの痒さのため異物を突っ込む)、事故、暴行、違法薬物(肛門に隠す)、医原性(内視鏡の器具などが誤って入ってしまうなど)、性的嗜好などが挙げられています。我々も仕事なので、治療上で大きな問題がなければそのままスルーして治療にうつるのですが、時と場合によっては大事件に発展してしまうこともありますのでご注意ください。
実際にはどのような事件が起こったのでしょうか?
1985年5月1日 ユーゴスラビアという今はなくなってしまった国のとある町で、セルビア人農家のジョルジェ・マルティノビッチさんという方が病院にきました。
このときマルティノビッチさんのおしりには、なんと500mlのガラス瓶が入れられてしまっていて、さらにそのビンは割れてしまっていたのでした。その時の医師の心境を考えるとかなりつらい気分になります。ビンが割れていなければまだ何とかなりますが、ビンは割れてしまっています。最悪の場合、腸に傷がついたり穴が開いてしまった可能性があり、緊急で傷ついた腸を取る手術や人工肛門を作る手術を行うかを考えないといけない状況です。最終的にどの様な治療が行われたかは伝えられていませんが、医療現場は混乱したことでしょう。(実際には割れていなくても、このサイズの異物ではお尻から取り出すのはかなり難しいので、お腹を開ける手術をして、ビンを割るか、腸に切れ目を入れるかしなければ取り出すことは難しいでしょう)
直腸に異物がある場合、通常はどのように対応するのでしょうか?直腸の異物に対応するのは多くの場合は肛門科、もしくは救急病院の救急科や外科などです。
通常、肛門の異物は魚の骨のような小さいものであれば、肛門鏡という金属やプラスチックの筒で異物を確認しつつ、ピンセットや鉗子などでつまみだしますが、お尻から入ったような大きなものの場合は道具でつかむようなことはできません。まずは実際にどんな異物が入っているか、そして異物が破損して腸を傷つけたりしていないかを確認するためにX線写真やCTなどの画像検査を行う場合もあります。
異物が壊れていない場合はまずは指を肛門の中に入れて出せるかどうかを試します。しかし、お尻の穴はそんなに広いわけではないので思うように異物をつまめるとは限りません。(通常は指が2-3本入る程度です)ある程度大きい「異物」の場合、何とか指が引っかかるのがやっとだったりします。さらに、異物が全部直腸に入ってしまうと、腸の角度の問題もあって、かなり奥まで勝手に入ってしまう場合もあります。場合によってはお腹を押してもらったりして異物の方向をコントロールして引っ張り出す、という方法を取る場合もあります。これが一番楽な方法です。場合により下半身麻酔や全身麻酔などをかけてお尻の筋肉を緩ませて取り出す事もあります。また、果物や柔らかい物体のように腸の中で壊れてもしても問題ないものの場合は砕いて細かくして取り出す事もあります。
異物が壊れていたり、お尻から取り出すことができなかった場合はかなり大変です。お腹を開けて手術を行うことになります。異物が壊れていない場合は一人が腸の外側(「腸の」外側ですが、お腹の中です。)から異物を手で押して、もう一人がお尻から取り出すという方法を取る場合もありますが、腸に切れ目を入れてそこから取り出す場合もあります。
異物が壊れていて腸が傷ついている場合には、その部分の腸を切り取ったり、人工肛門を作ったりしなければなりません。(緊急手術が必要な場合は当院では対応できませんので、救急病院にお願いせざるを得ません。)
おそらくマルティノビッチさんの場合はお腹を開ける手術をして腸を切り取ったり人工肛門を作ったりなどの処置を行ったと思われます。
さて、ここで問題が起こります。このビンはなぜマルティノビッチさんのお尻に入ってしまったのでしょうか?
マルティノビッチさんの言うには、畑で作業をしていたら、アルバニア人の二人組の男たちがやってきて、彼のお尻にビンをねじ込んでいってしまったとのことでした。
この発言が大きな事件の引き金になります。もともとユーゴスラヴィアは、たくさんの民族をまとめて作った国だったので、それまでは表面化はしていなかったものの、民族間の争いの火種を抱えた国だったのです。
この恐ろしい事件を知ったセルビアの人々は大いに怒り、アルバニア人たちをかつて自分たちを支配していたトルコ(トルコには串刺し刑というちょっと似た刑があったのです。)になぞらえて、アルバニア人を襲撃しだしました。
トルコの串刺し刑
一方、犯人のアルバニア人二人組はいっこうに見つからず、マルティノビッチさんの証言は二転三転しました。軍の取り調べでは前言を撤回し、自慰行為の際の事故だったといっているのですが、後になってからマルティノビッチ氏はその供述は長時間の尋問の末に強要されたものだとして撤回しています。
また、最初に軍医アカデミーで行われた調査では自力でビール瓶を直腸に入れるのは困難であるとの結論になりましたが、その1か月後に高名な医師を迎えて行われた調査ではマルティノヴィッチさんが木製の棒の上の瓶を動かし、その上で地面に座り込むようにして挿入するという自慰行為を行っていたものの、その最中に滑って転び、体重でビンが根元まで腸のなかに入ってしまうともに割れてしまったのだという結論が出ています。
調査結果が出てもセルビアの人々はユーゴスラヴィア政府の発表を噓と決めつけ、各地で反アルバニア人のデモが起こりました。
この事件を発端とした民族対立は6年後のユーゴスラビア内戦への下地となり、アルバニア人対セルビア人の争いにはさらにクロアチア人までも加わり、多数の人々を巻き込んだ民族紛争を引き起こしていったのです。(事件の詳細はWikipediaなどでも見ることができます。)
マルティノビッチさんは確かに周囲の人たちにとって悲劇の英雄となりましたが、これは果たして彼にとって幸福なことだったのでしょうか?誰かにやられたという話をしなければ、一般の人にはほとんど知られずに終わったはずのことが世界を揺るがす大事件になってしまい、さらには国が壊れ、内戦が起こってしまう原因になってしまったのですから。
今回ご紹介した事件は少し突飛な事例ではありますが、この例に限らず入った原因を他の人のせいにしたりすると後々に問題を起こすことが多いですからご注意ください。さらに悪いのは人種問題などをからめることです。ヘイトスピーチなどの原因になりますので絶対におやめください。
たとえ真実を言うのが恥ずかしい場合でも他人をからめると問題が大きくなりやすいです。
比較的問題が起こらない例
風呂場で椅子がないので代わりにこれに座っていたが、うっかり滑って転んだ拍子に入ってしまった。
悪い例
暴漢が来ておしりに入れていった。
ただし、この例はあくまでも事件に発展したりしないというだけでご家族がそれを聞いてどう思われるかまでは保証できませんのでご了承ください。
また、外来でお尻から取り出せる範囲内であれば内密に済ますことは可能な場合がありますが、全身麻酔の手術が必要なものについては救急病院への搬送の際にご家族に連絡したり、ご家族などから同意書をいただいたりしないといけませんのでご家族に知られずに済ませることは難しいでしょう。
おしりの異物に関して言えることはまずは「入れないでほしい」という事です。腸は行き止まりでなく、口までつながっている臓器ですので一度入ってしまうと予想以上に奥に入ってしまったりしますので、お尻に物を入れて遊んだりすることは現に謹んでいただきたいと思います。また、万が一そのようなことがあった場合は何をして何が入っているのかを正直に申告していただければと思います。当院でも大きさなどにより対応できる場合がありますが、あまりにも大きな異物や危険な異物に関しては救急病院にお願いすることになります。
COPYRIGHT ©2020 AKAHANE CLINIC. ALL RIGHTS RESERVED.
このページの上部へ